箏は日本を代表する楽器の一つですが、実はいろいろな種類があります。ここでは、雅楽で使われている2つの箏をご紹介します。
雅楽は平安貴族に愛され、現代にも受け継がれている日本の伝統音楽です。雅楽で使われる箏には2種類あり、一つは現代の箏のルーツであり、もう一つは儀式音楽において大切にされています。
楽箏 − 現代の箏の元となる13弦の箏
楽箏(がくそう)は、雅楽で用いられる13弦の箏です。楽箏という呼び名は他の箏と区別するためのもので、雅楽の方たちは単に「箏(こと)」と呼んでいるそうです。
冒頭の日本画は、上村松園による「娘深雪」の抜粋です。深雪は『朝顔日記』のヒロインですが、後ろに楽箏が描かれています。
雅楽の箏は、形こそ現代の箏とよく似ていますが、よく見ると違いがあります。例えば、弦の色は黄色です。現代の箏は漂白した絹糸あるいは化学繊維を使用しているので白い弦ですが、雅楽では三味線と同様に黄色い絹糸が張られています。
また、弦を支える箏柱(ことじ)は、現代の箏では象牙製の白い箏柱が使われていますが、雅楽の箏柱は茶色です。これは楓という木材が素材となっているからです。
さらに、箏爪(ことづめ)も、現代の箏の爪が白い象牙であるのに対して、茶色です。これは竹が素材となっています。そして、爪の形状も、現代の箏爪が大きく薄いのとは対照的です。雅楽の箏爪は、指皮から少しだけ頭を出している程度のとても小さいもので、細いですが薄くはありません。そのためか、柔らかい素朴な音がします。
道友社の動画で楽箏が詳しく紹介されています。
楽箏の歴史
さて、箏は、もともと中国生まれです。中国で使われていた箏が、唐代になって日本に伝わり、雅楽の管弦の楽器として使われるようになったと言われています。
雅楽の管弦は、楽器のみの合奏形態で、平安時代に発達しました。和楽器のオーケストラとも呼ばれ、そこでは箏はリズム楽器として使われています。
《越天楽》を聞いてみると、決まったパターンを4拍ごとに音の高さを変えながら繰り返しています。管弦では、メロディーは篳篥や竜笛などの笛が担当し、箏や琵琶は拍を明確にするリズム楽器として使われるのです。
細かい話になりますが、箏が日本に伝わったのは奈良時代と言われています。正倉院に唐代の箏が数面残っているのが根拠でしょう。それ以前については明確に確認できないようです。
当時、日本には既に中国の音楽が伝わっていたのですが、それは舞楽の音楽でした。豪華な衣装を身に着け、雅楽器の伴奏で堂々とした舞を舞う雅楽を代表する曲種です。
もしかしたらそこでも箏が使われたかもしれませんが、現代の舞楽では箏は使用されません。ですから、同じ雅楽ではありますが、箏は舞楽とは別々に伝来し、箏は、管弦が編成される平安時代に雅楽の合奏楽器に加わったと考えるのが自然なのだと思われます。
現代の箏への道筋
雅楽の箏はリズム楽器と申しましたが、例外があります。それは、平安時代に行われた「御遊(ぎょゆう)」という演奏の場での演奏と関連しています。御遊は、天皇が音楽を楽しむ行事で、天皇が楽器を演奏しました。
その際に、理由は定かではありませんが、主旋律の笛類ではなく、箏や琵琶を演奏したそうです。箏はリズム楽器で決まった旋律を繰り返すパートですから、高貴な身分の方が演奏するには地味だったのでしょう。御遊で演奏される場合に限り、箏が最後に装飾たっぷりの旋律を演奏する演出が行われるようになりました。それが残楽(のこりがく)と呼ばれる演出です。
例えば、《越天楽》であれば、1曲を数回、繰り返します。繰り返すうちに次第に他の楽器が演奏をやめ、最後に主旋律の篳篥と箏だけが残り、箏が締めくくりに単独で美しい旋律を奏でます。
動画は博雅会の演奏会の模様で、《越天楽》を3回繰り返し、最後の数分は篳篥と琵琶と箏だけが残ります。
篳篥も終盤は休み休み演奏しますので、かなりシュールな印象を受けますが、当時の人々は越天楽の旋律は頭にすっかり入っていて、休み休みでも旋律を頭で思い浮かべることができたのでしょう。そして、主旋律が休む、あるいは演奏をやめてしまった後は、箏の響きだけが耳に残るというわけです。
同じく平安時代には、雅楽の新しい種目として催馬楽が生まれます。管弦の楽器を伴奏に和歌を歌詞にして歌う種目で、《伊勢海》などが代表曲です。その際の箏は、《越天楽》などの管弦の楽曲よりも旋律的な役割を与えられています。平安時代は雅楽が最も盛んであった時代ですが、箏も次第に発展していった様子がうかがえます。
このような箏のリズム楽器からの発展は、近世から現代にかけて箏が主要な楽器として用いられるようになる前触れと考えられます。残楽の演出は、現代の華麗な箏の楽曲が生まれるはるか前、のちに主奏楽器となる箏の可能性を引き出していたともいえるでしょう。
和琴 − 儀式で用いられる6弦の箏
和琴(わごん)は、日本に古くから伝わる日本固有の楽器で、6弦の箏です。一般的に、「琴」は箏柱がないもの、「箏」は箏柱があるものと分類されていますが、和琴は例外で、「琴」の文字が使われていますが箏に分類されます。読み方も特殊ですね。
*画像は「私家版 楽器事典」よりお借りしました。
和琴は、雅楽の中でも主に儀式音楽で使われます。国風歌舞(こくふうかぶ、くにぶりのうたまい、上代歌舞とも呼ばれます。)の御神楽(みかぐら)、東遊(あずまあそび)などですが、一般公開されることは少ないので、なかなか聞く機会がないのが残念です。
楽器は楽箏と同様に箱型の胴に弦が張られており、向かって右隅に座って弾くというところも共通です。ですが、よく見ると、弦の左端に飾りが付いていますね。これは「葦津緒(あしづお)」と呼ばれる白い絹糸の飾りで、機能は不明ですが、和琴を特徴づけるものとなっています。
演奏に際しては、箏爪の代わりに、「琴軋(ことさぎ)」と呼ばれる木材のピックを使用します。
通常、座って演奏されますが、儀式によっては立奏も行われます。その際は、両脇に楽人が二人付き、手で和琴をささえ、和琴奏者が演奏します。
和琴の立奏は、こちらの記事でも紹介しています。
そして、6弦の調弦法には特筆すべきものがあります。通常、琴や箏では、低音から高音へ順に並べられており、順に弾くと音階を奏でることができます。ところが、和琴は、音高順に調弦されていません。琴軋でポツポツと順に弦をはじくと、自然にメロディーが奏でられます。郷愁を誘われるような優しいメロディーは、和琴を特徴づけるものとなっています。
こちらは東儀秀樹氏による和琴の演奏です。
まとめ
今回は、雅楽で使われている2種類の箏をご紹介しました。
楽箏は、現代の箏の直接のルーツなので、親しみが感じられるかと思いますが、使われ方は現代とは違い、リズム楽器でした。催馬楽においては発展がみられ、御遊においては装飾的な華麗な旋律が奏されることもありました。雅楽ではそれ以上箏の奏法が発展することはありませんでしたが、数百年後、箏は主奏楽器としての地位を確立していきます。
一方、和琴は、御神楽や東遊などの儀式に欠かせない楽器として現代までその伝統が受け継がれています。
実は、和琴について調べる機会があり、ネットで検索したところ、「和琴」「楽箏」「現代の箏」「中国の箏」「琴」が区別されずに書かれたもの、描かれたものに数多く遭遇しました。もちろん類似の構造を持つ楽器ですが、それぞれ別の楽器です。逆に見れば、箏にもいろいろあるという楽器の多様性が浸透していないとも言えます。少しずつでも良いので、正確な違いが広まってくれればいいなと思っています。