何やらご利益がありそうな「琴弾八幡宮」 

琴弾レポート

「ことひきはちまんぐう」と読みます。
箏を愛好する人にとっては、一度はお参りしないと…と思わせるような名前の神社が香川県にあります。
以前から行ってみたいと思っていましたので、天気のいい日にドライブがてら、行ってきました!

琴弾八幡宮とは

観音寺市のホームページには、このように記載されています。
https://www.city.kanonji.kagawa.jp/soshiki/21/13939.html

大宝3年(703年)、嵐の過ぎ去った夜に、海岸に一隻の船が現れ、妙なる琴の調べにうっとりした人々が、琴の主を船とともに山頂にひきあげ、神殿を建て、「琴弾八幡宮」を祀ったといわれています。

誰が弾いていたのか、気になります。
社務所にあったパンフレットではこうでした。

所蔵する「七宝山八幡琴弾宮縁起」によれば、大宝3年(703年)、3月西方の空俄かに鳴動し、黒雲天を覆って日月光を失うこと三ヶ日夜、時に、海浜に一艘の船が現れて、船中より高妙神秘な琴の音が発せられ、万民が近づくと「われは、是れ八幡大菩薩なり」の御託宣と、百皇鎮護、異敵降伏の本誓を垂れ給うた。止住する上人がいて「迷乱の凡夫、その言信じ難し」とその証しを求めたところ、その夜、これまで海水の湛えていた処が竹林と変じ、夜明け前には砂浜が蒼松の林と化した。奇端の霊験に驚いた上人は、一生不犯の童男童女数百人を集めて、お船を山上に引上げ、御躰にお琴を添えて宝殿に安置し、琴弾八幡宮と称え奉ったとある。

八幡大菩薩と名乗る方が弾いていたんですね。
それとも神力で奏でていたのでしょうか。
そもそもこの楽器、琴?それとも箏だったのでしょうか?

実は観光地でした

本宮は山頂にあり、階段でも車でも大丈夫ということでしたので、迷わず車で山頂へ。
山頂へ着くと、銭形砂絵の看板がありました。

寛永通宝

「あ! 見たことある!!」
私、子どもの時にここへ来ていました。
巨大な寛永通宝の砂絵が有名な場所でした。

本宮へ近づくと、かすかに箏の音色が聞こえます。
この曲が、パンフレットにある森田柊山作曲の「琴弾八幡宮のための飛天」という曲でしょうか?
(未確認)

天気が良かったこともあり、本宮の境内からは、観音寺市が一望できました。
ひと通りお参りを済ませて、社務所でお守り等を見てみましたが、残念ながら箏(琴)にまつわるグッズがありませんでした。

せっかく来たので、御朱印をいただきました。
こちらにはよく見ると、箏が描かれてある印が押されてありました。
寛永通宝の方が目立ってますね。

朱印状

源氏ゆかりの地

この琴弾八幡宮、源平合戦ゆかりの場所でもありました。
屋島合戦の後、源義経が平家討伐を祈願し、名馬望月と木之鳥居を奉納したそうです。
これは、後日パンフレットによって知ったので、木之鳥居を見損ねてしまいました。

次回、訪れる時には、階段で山頂まで上がり、この鳥居を見ないといけません。

また、滝沢馬琴の小説「椿説弓張月」(ちんせつゆみはりづき)にも登場するそうです。
かたき討ちのシーンで、琴が使われるのですね。

石碑

弓張月

さいごに

この「琴弾八幡宮」は、一般の方にとっては、寛永通宝の砂絵が有名な観光地の一部であるかもしれませんが、由緒ある箏の聖地になればいいなと思いました。

たくさんの箏曲愛好家に訪れてほしい神社です。
お箏(琴)グッズもぜひ作っていただきたいものです。

※文中の琴・箏の表記について
神社のお名前の琴にあわせたいところですが、楽器が異なるため表記が混在しています。
詳しくは、以前の福まるさんの投稿記事をご参照ください。

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2021年5月25日より、千葉県の国立歴史民俗博物館で特集展示「紀州徳川家伝来の楽器-こと-」が開催されています。瑟、七弦琴、板琴、和琴、楽箏といった楽器のほか、蒔絵や螺鈿、金銀が施された七弦琴の台や楽箏の爪、爪をしまう箱など様々なものが展示されています。
雅楽を彩る2つの箏 − 楽箏と和琴
雅楽で用いられる2種類の箏について解説しています。13弦の楽箏と6弦の和琴は、歴史も用いられ方も違いますが、どちらも雅楽に欠かせない楽器です。楽箏は現代の箏のルーツとなる楽器で、和琴は儀式音楽において用いられています。
この記事を書いた人
なる

徳島邦楽集団 代表
箏と琵琶、ときどき三味線を演奏してます。
街中を邦楽の音楽であふれさせたいという野望をもっています。ドローン練習中。

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