千年の時を超える姫の情熱 ー「道成寺物」の作品あれこれ

千年の時を超える姫の情熱 ー「道成寺物」の作品あれこれおすすめ紹介

「道成寺物」と聞いて、皆さんはどんな演目を思い浮かべるでしょうか。
歌舞伎の《京鹿子娘道成寺》、能の《道成寺》、地歌の《新娘道成寺》など、道成寺関連の演目はいくつもあります。

その舞台となったのは、和歌山県日高郡日高川町にある道成寺です。今秋は和歌山県で国民文化祭全国邦楽合奏フェスティバル in田辺」が開催されますので、今回は、道成寺物のおさらいをしてみたいと思います。

道成寺物とは

道成寺物とは、道成寺に伝わる、安珍清姫伝説を題材とする作品を指します。物語の概要を道成寺のホームページからお借りします。

寺の創建から230年経った、延長6年の物語。参拝の途中、一夜の宿を求めた僧・安珍に清姫が懸想し、恋の炎を燃やし、裏切られたと知るや大蛇となって安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺すという「安珍清姫の物語」の悲恋は「法華験記」(11世紀)に記され、「道成寺物」として能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎でもよく知られています。

道成寺 – 安珍と清姫の物語(道成寺ホームページ)より引用

延長6年とは西暦929年です。今から1000年以上も前の物語なのですね。

道成寺物一覧

道成寺ホームページには、道成寺物一覧が掲載されているのですが、歌舞伎や人形浄瑠璃だけでなく、映画、オペラ、宝塚などもあり、最新のものでは平成27年作の落語作品が掲載されています(道成寺にちなむ芸能[PDFファイル])。総数は259点に及んでおり、とてもすべてはご紹介しきれないので、ここでは、古典的な作品をいくつか挙げてみます。皆さんがご存じのものはどのくらいあるでしょうか。

  • 能 《鐘巻》室町時代
    《道成寺》室町時代
  • 文楽 《日高川入相花王》
  • 歌舞伎 《京鹿子娘道成寺》
  • 琉球組踊 《執心鐘入》
  • 地歌 《古道成寺》《鐘が岬》《新娘道成寺(新鐘が岬)》
  • 河東節 《道成寺》
  • 一中節 《道成寺》《道成寺鐘供養》
  • 新内節 《日高川》
  • 長唄 《紀州道成寺》
  • 薩摩琵琶(錦心流) 《道成寺》

イラスト

道成寺物の作品は2つの系統

邦楽研究の泰斗である平野健次氏によると、道成寺物の作品は、大きく2つの系統に分けられるそうです。

(1) 能《道成寺》の詞章や節回しを利用し、蛇体となった女が逃げる男僧を焼き殺そうと追いかける部分が中心となったもの。これを平野氏は「本行物」と呼んでいます。

(2) 説話の後日談として華やかな女方の舞踊劇として組み立てられた歌舞伎《京鹿子娘道成寺》と、その詞章を利用したもの。これを平野氏は「娘道成寺物」と呼んでいます。

『日本音楽大事典』や平野氏の著作を参照すると、上記の作品では、文楽《日高川入相花王》、地歌《古道成寺》、一中節《道成寺》、河東節《道成寺》、新内節《日高川》、長唄《紀州道成寺》は「本行物」、その他は「娘道成寺物」とまとめて良さそうです。琉球組踊《執心鐘入》は、内容は本行物に沿っていますが、人物や場所は沖縄のものに変えられています。

能《道成寺》

能《道成寺》乱拍子

本行物の中核をなす能の《道成寺》は、室町時代に道成寺の説話と先行する能《鐘巻》をもとに作られた作品です。小鼓とシテが静かな時を操るような「乱拍子」という部分が有名ですが、質素な舞台が常である能にあって、大きな鐘を使用することも見どころです。

歌舞伎舞踊《京鹿子娘道成寺》

尾上菊之助さんの解説付きの《京鹿子娘道成寺》

娘道成寺物は、次々と移り変わる女性の心情を描きます。その代表曲《京鹿子娘道成寺》を、歌舞伎俳優の尾上菊之助さんによる解説付き動画で楽しむことができます。長唄の三味線と囃子に乗せて踊られる艶やかな衣装と変化の妙が見どころでしょう。

まとめ

今回は、道成寺説話にまつわる邦楽作品をご紹介しました。私もあらためて調べてみて、たくさんの関連作品があることに驚きました。ちょっと怖い説話ではありますが、純粋な愛情ゆえの愛憎劇は千年の時を超えて今もなお、私たちの心をつかむ力があるということでしょうか。

また、このお話の舞台となった道成寺は和歌山県日高川町にありますが、釣鐘は京都の妙満寺に安置されています。ですが、今年は初めて日高川町の道成寺に里帰りし、10月下旬から約1カ月間、一般公開が予定されています。

この記事では、以下を参照しました。

  • 平野健次;横道萬里雄;矢野輝雄;戸部銀作;星旭 「特集 道成寺もの」『季刊邦楽』17号(1978年)邦楽社:62-100pp.
  • 平野健次 「道成寺もの」『日本音楽大事典』(1989年)平凡社.
  • 平野健次 『箏曲・地歌の歌謡~その表象文化論~』(1990年)邦楽社.
この記事を書いた人
福まる

大学で日本音楽史と民族音楽学の非常勤講師をしています。最近、地元の資料館で古文書整理員を始めました。お箏と地歌三味線を少し弾きます。記事を書いて、邦楽の世界をもっとオープンにするお手伝いをしたいと思っています。

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