今回は、平家物語を琵琶で語る平家(平家琵琶)の伝承の取り組みについてご紹介します。
平家語り研究会とは
平家の伝承にはいくつか系統がありますが、なかでも名古屋の伝承は昔ながらの盲人による伝統を守ってきた稀有な存在です。しかしながら、後継者不足が深刻で、曲目も数曲に絞られてしまっています。
その現状を打破するために、音楽学者の薦田治子氏が盲人の枠組みを外し、若手の地歌箏曲の演奏家に呼び掛け、2015年に平家語り研究会が始まりました。現在は文化庁の委託を受けて活動しています。筑前琵琶や薩摩琵琶でも平家物語は題材となっており、他に津軽系の平家琵琶もありますが、平家語り研究会では、平家の伝統的な演奏法を守り伝えることを目指しています。名古屋の伝承を受け継ぎつつ、譜本をもとに復曲して上演し、レパートリーを広げる努力もしています。
平家語り研究会のホームページはこちらです。
平家語り研究会の演奏者たち
現在、平家語り研究会では、主宰の薦田治子氏のもと、3名の地歌箏曲家が演奏活動を行っています。ホームページには長い履歴が掲載されていますが、その中からほんの少しだけ掲載させていただきます。
- 菊央雄司 地歌箏曲家、大阪府出身。平家を名古屋の今井勉検校に師事。
- 田中奈央一 山田流箏曲家、東京都出身。朗読劇ユニット「声劇和楽団」主宰。
- 日吉章吾 生田流箏曲家、静岡県出身。胡弓を高橋翠秋氏に師事。
*上記は、平家語り研究会 Official websiteより抜粋
3名ともご自身の分野があり、その活動に加えて平家の演奏・普及活動を行っています。3名がそれぞれ少しずつ違うバックグラウンドを持っているために語り口に個性が出ているところも、この研究会の魅力です。
成果発表会
先日、年1回の総まとめの公演がありましたので、お手伝いに行ってまいりました。なお、本記事中の演奏者の写真は、リハーサル時に撮影させていただいたものです。
今回の演目は、安徳天皇の最期を語る場面《先帝御入水》でした。全編が『平家正節』という江戸時代の譜本から復元したもので、全体を四つに分け、日吉さん、田中さん、菊央さん、最後は3人でという順に語られました。
名古屋の伝承ではすでに失われていた曲目でしたので、今回、復元され、レパートリーとなったことで、一つ、伝統音楽の宝が私たちの手に戻ってきたと言えるでしょう。
《先帝御入水》
安徳天皇は、平氏の人々が政治的だけでなく精神的にも拠りどころとした重要人物です。ですが、平家物語全体の中で、安徳天皇が発した言葉はたった1回だそうです。それがこの《先帝御入水》の場面に出てくるのですが、その言葉には「中音」という美しい節回しが使われています。
安徳天皇の最後の場面は筑前琵琶や薩摩琵琶のような近代琵琶でも題材となっていますが、近代琵琶の演奏に比べると、平家の演奏は抑えた表現で語られます。ですが、丁寧に聴いてみると、節回しには細かい気配りがあり、平家物語が平氏の鎮魂のために作られた物語であることをあらためて感じます。
座談会
演奏会の後半は、鼎談で幕を開けました。写真はリハーサル時のものですが、座談会は本番もマスク着用で行われました。3人が平家を始めたきっかけや今後のことなど、あっという間の15分でしたが、平家の音楽についても述べられました。
私が印象に残ったのは、劇的な場面をどのように表現するかというお話で、「あまり感情を込め過ぎてもいけない」「音楽としてその場面をお伝えする」とおっしゃっていたことでした。
平家は、他の琵琶音楽に比べると、琵琶の手数や声色の変化が少ないのですが、音楽として伝えると伺ってなるほどと思いました。確かに音域が広く、装飾的な発声法が目立ちます。語り物であるけれども、音楽的要素が強くなっており、それは一緒に伝承されてきた地歌箏曲の表現と関連があるのかもしれないな~といろいろ連想しました。
音楽ホールの新型コロナ対策
最後に、もう一つ感想を。
1年前にも同様の演奏会が開催されましたが、その時は、会場自体が休館後、数カ月ぶりの公演で、感染予防対策も手探り状態でした。ですが、1年経ち、今回は、ホールでもさまざまな対策が用意されており、昨年よりも安心して開催ができると感じられました。
演奏会の状況がなかなかコロナ前に戻らないともどかしく思っていましたが、着実に新しい日常、新しい演奏会の在り方ができつつあることを実感したひとときでもありました。
平家語り研究会のホームページでは、現在、2020年の公演の動画が掲載されています(2021年9月現在)。義経と義仲の物語《木曽最期》と《逆櫓》を鑑賞できますので、ぜひご覧ください。