青春を突っ走る!メイド女子高生の津軽三味線物語『いとみち』

いとみち 越谷オサム著レビュー

越谷オサムによる『いとみち』は、2011年8月に単行本で刊行され、2013年に文庫化され、今年2021年になって映画化されました。

越谷オサム『いとみち』とは

和楽器をテーマにした漫画やアニメもありますが、今回ご紹介するのは小説です。
女子高生がメイド姿で津軽三味線を弾くという、にわかには信じがたい設定ですが、物語は三味線の速弾きのように疾走します。

著者の越谷オサム氏は、「女子が男子に読んでほしい恋愛小説No.1」というキャッチコピーが話題になった『陽だまりの彼女』の作者でもあります。

『いとみち』の読みどころ

『いとみち』のあらすじは省略しますが、いくつか魅力をご紹介したいと思います。

1. 津軽弁

引っ込み思案の主人公の使う言葉は祖母譲りの濃い津軽弁。
「だばって」、「やっぱす」という独特の言い回しのほか、「早ぐ」「悪ぐね」と、会話には随所に濁点がつきますが、文脈で理解できますし、方言のあたたかみも感じられます。

ところが、普通の文字では表現が生ぬるいのか、さらに訛りの強い祖母の言葉は「Υ⊃δ∽♯(訳:いつのまに)」というような記号で書かれていて、巻末の対照表をめくりながら、うーん、なんて言ったのかなと考えながら読むことになります。これが、繰り返しめくっていて慣れてくると見当がついてくるから不思議。方言に慣れるのも似た感じなのかもしれません。

2. 三味線の基礎知識

物語のクライマックスで津軽三味線が活躍するのですが、物語の序盤から少しずつ三味線の基礎知識が語られます。
3本の糸の調弦法や楽器の管理の仕方などがさりげなく説明されており、それが伏線になって後半で三味線の演奏やハプニングを自然に理解できます。三味線をよく知らない人にも親切なつくりになっています。

3. 健全なメイドカフェ

女子高生とメイドカフェという組み合わせなので、ちょっときわどい内容があるのかと思うと、そうではありません。
メイドカフェと言っても至って健全なカフェ。同僚や上司も皆、いざという時には主人公の強い味方になってくれます。メイドカフェというワードで引き付けておいて、実はあったかい人間模様という、心憎い仕掛けです。

4. 弘前と青森

太宰治の『津軽』でも語られていますが、同じ青森県でも弘前と青森では随分雰囲気が違うと聞いています。そのことが、この物語でも一つの鍵になっています。

主人公は弘前に近い津軽の板柳に住んでいますが、アルバイトのある週末は列車で1時間かかる青森市まで出かけます。言葉も多少違うのかと思いますが、岩木山と八甲田山の対比も描かれるなど、これは地元を知っている人ならうなずきながら読めるのではないかと思います。県内のいろいろな地名が出てくるので、ちょっとした旅行気分でも読めます。

5. 学園ものとして

主人公が女子高生なので、平日は高校生の友人との関わりも描かれます。心優しい友人たちとのほっこりした関係かと思いきや、今どきの高校生ならではの心の機微があったり、熱い友情があったりと、こちらも目が離せません。

6. 家族のストーリー

主人公「いと」の家は、母親が早くに亡くなり、父親と祖母との三人家族。お互いを思いやりながら一生懸命に生きている、3人それぞれの思いも丁寧に描かれています。お互いを思って喧嘩にもなりますが、あたたかい家族のきずなが感じられます。

7. 音楽の力

やはり津軽三味線の役割は見逃せません。
序盤から祖母の弾く津軽三味線のすばらしさ、主人公の三味線への複雑な思いが語られ、後半では家族とカフェの全員の思いがメイド姿の津軽三味線演奏に集約されます。津軽三味線の速弾きが描写されるからでしょうか、全編を通してテンポよく話が進み、クライマックスは一気に駆け抜ける疾走感さえ感じます。

『いとみち』続編

このお話には続編もあります。その名も『いとみち 二の糸』、『いとみち三の糸』。3冊で主人公「いと」の高校生活3年間が描かれます。文庫版は、3冊そろえたくなるかわいい表紙です。

新潮文庫より越谷オサム「いとみち」「いとみち 二の糸」「いとみち 三の糸
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映画『いとみち』

『いとみち』は映画化され、2021年6月から上映されました。

本と違って文字がないので、祖母ハツエだけでなく主人公「いと」のセリフも聞き取れません! 大体、言っていることは分かりますが、細かいところは判別不能。津軽弁ワールドを堪能できます。

  • 監督:横浜聡子
  • 出演:駒井蓮、豊川悦司他
  • 主題歌:人間椅子《エデンの少女》

映画「いとみち」予告編動画

 いとみち(特典DVD付き2枚組)

この記事を書いた人
福まる

大学で日本音楽史と民族音楽学の非常勤講師をしています。最近、地元の資料館で古文書整理員を始めました。お箏と地歌三味線を少し弾きます。記事を書いて、邦楽の世界をもっとオープンにするお手伝いをしたいと思っています。

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