日本とアジアの伝統音楽・芸能のためのアートマネジメントハンドブック

アートマネジメントハンドブックレビュー

2022年春、東京音楽大学で邦楽公演に役立つ『日本とアジアの伝統音楽・芸能のためのアートマネジメントハンドブック』が作成されました。

「日本とアジア」というタイトル通り、ジャワのガムランなどのアジアの芸能から日本の祭りまで多種多様な音楽・芸能が扱われていますが、邦楽イベントの企画・開催に役立つヒントが見つかる1冊になっています。

全148ページの大半が実際のイベントの報告や考察になっているので、とてもすべてはご紹介できないのですが、本書の概要と邦楽関係の記事をピックアップしたいと思います。

『日本とアジアの伝統音楽・芸能のためのアートマネジメントハンドブック』の目次

本書の構成は冒頭インタビュー及び総説に続いて3部構成になっています。長いですが、目次を転載します。


1.冒頭インタビュー 伝統音楽・芸能のアートマネジメント―これまでとこれから
 お話:徳丸吉彦(お茶の水女子大学)文責:加藤富美子(東京音楽大学)
2.アートマネジメントにおける日本とアジアの伝統音楽・芸能
 小日向英俊(東京音楽大学)
第1部 伝統音楽・芸能のマネジメントの概要
1 政策・法律・制度
1.文化財政策における伝統音楽・芸能の位置づけ
 宮田繁幸(東京福祉大学,元・文化庁)
2.伝統音楽・芸能のマネジメントにおける現状と課題
 高島知佐子(静岡文化芸術大学)
3.「舞台公演」と著作権法について―実演家の権利を中心に
 君塚陽介((公社)日本芸能実演家団体協議会)
2 伝統音楽・芸能の推進と支援
1.近年の文化政策の動向―文化芸術基本法の成立,文化庁移転・組織再編,文化財保護法改正
 永井義美(東京音楽大学)
2.芸術はだれのもの?―主体性と資金と支援をめぐって
 金城厚(東京音楽大学)
3.全日本郷土芸能協会の取り組み
 小岩秀太郎((公社)全日本郷土芸能協会, 縦糸横糸合同会社)
4.地域における助成金活用の取り組み―乙女文楽の実践
 塚田千恵美((公財)現代人形劇センター)
第2部 多様な発信と場の広がり
1 劇場・音楽堂からの発信
1.対談「渋谷能」の制作―「渋谷能」の講座より
 お話:宇田真理子(セルリアンタワー能楽堂)友枝雄人(シテ方喜多流)・成田達志(小鼓方幸流)文責:加藤富美子(東京音楽大学)
2.伝統を踏まえた邦楽公演の新しい見せ方
 町田龍一(元・(公財)日本製鉄文化財団(紀尾井ホール))
2 地域に根ざした活動
1.公立ホールにおける邦楽公演の実例
 本田恵介((公財)熊本県立劇場)
2.地域に根ざす劇場の伝統芸能支援—継承と創造
 木原義博・福間一・山﨑祐子(島根県芸術文化センター「グラントワ」 いわみ芸術劇場)
3 あらたな創造
1.現代音楽と能
 青木涼子(能声楽家)
2.ジャワガムラン―創作公演の基本知識と事例紹介
 樋口文子(なみ)(東京音楽大学)
3.未来につなげる伝統芸能の創造―淨るりシアターの試みと「アジア芸能の未来」を通して
 福田裕美(東京音楽大学)執筆協力:松田正弘(淨るりシアター)
4 アウトリーチ・ワークショップの実践
1.伝統音楽・芸能のアウトリーチ・ワークショップをとらえるために
 伊志嶺絵里子(東京藝術大学、他)・赤木舞(昭和音楽大学,他)
2.伝統音楽・芸能のアウトリーチ・ワークショップ実践のための論点整理
 福田裕美(東京音楽大学)
3.学校における伝統音楽とアウトリーチ・ワークショップ
 加藤富美子(東京音楽大学)
4.グランシップ伝統芸能普及プログラム
 北岡慶子(静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ(公財)静岡県文化財団)
5.地域に向けた民俗舞踊講座
 宮城整(民俗舞踊家)
6.楽器を使用したワークショップ
 直川礼緒(日本口琴協会)
7.モノを通してコトを学ぶ―博物館の総合型ワークショップ
 嶋和彦(元・浜松市楽器博物館)
5 映像・動画による発信
1.国立民族学博物館における芸能の映像記録作成と活用
 福岡正太(国立民族学博物館)
2.オンラインを生かして伝統音楽を現代につなげる―「箏をめぐる現代~オンラインで魅せる楽器」を通して
 加藤富美子(東京音楽大学)・伊志嶺絵里子(東京藝術大学、他)
6 海外における伝統芸能
1.女流義太夫の海外公演実施の経験から
 太田暁子(東京音楽大学)
2.海外における日本音楽―ブラジルに見られる尺八の国際化について
 渕上ラファエル広志(東京音楽大学)
3.伝統音楽・芸能の場の広がり―インドネシアを例に
 木村佳代(東京音楽大学)
第3部 コーディネーターの役割、ネットワークの構築
1.民俗芸能のコーディネーターの役割
 小岩秀太郎((公社)全日本郷土芸能協会, 縦糸横糸合同会社)
2.国内・海外の地域伝統芸能の招聘公演を支えて 61年目の指針
 中坪功雄(伝統芸能(株)ナカツボ・アーツ)
3.創造的な復興と地域フェスティバルの設計図―現代の視点で芸能の魅力を引き出すために
 坂田雄平(宮古市民文化会館)
4.対談:アジアの伝統音楽・芸能公演の現在と未来―私と公の間から
 お話:久保田広美((株)マノハラ)・長谷川時夫(NPO法人日印交流を盛り上げる会)文責:小日向英俊(東京音楽大学)5.日本とアジアの芸能ネットワークづくり―オンライン芸能村
 小日向英俊(東京音楽大学)執筆協力:神野知恵

目次を眺めただけでも、日本とアジアの多種多様な芸能が扱われていることがお分かりいただけると思います。
ここからは、記事をいくつかピックアップしてご紹介していきます。

冒頭では、東京音楽大学の福田氏と加藤氏が、文化政策の研究と実践に携わる徳丸氏にインタビューした内容がまとめられています。

多様な音楽を社会につなげるためには、いわゆる代表的な音楽だけでなく、周縁的だと思われている音楽にも目を向ける必要があることが実践例を通じて最初に述べられています。
後半は、楽器、若手の演奏機会、仲介者(コーディネーター)などについても言及され、本書の全体に関わる内容になっています。

第1部 伝統音楽・芸能のマネジメントの概要

第1部は「伝統音楽・芸能のマネジメントの概要」と称し、法律やこれまでの支援について述べられています。

記事が多方面にわたっているので選んでご紹介するのが難しいのですが、例えば、最後の記事である塚田氏による「地域における助成金活用の取り組み―乙女文楽の実践」では、女性だけで上演される乙女文楽の一座、神奈川のひとみ座を例にしています。

ひとみ座の地域での活動はボランティアから始まったということですが、現在は、文化庁や神奈川県、川崎市などの助成金数種を組み合わせ、普及事業として学校や大人のためのワークショップ、定期公演などを行い、基盤整備事業として人形や道具の修理や他座との合同研修講座が行われています。

助成金を組み合わせて活用することで各事業が継続できるようになったそうですが、悩みもあるようです。
活動を未来へつなげていくために助成金の活用は不可欠ですが、実際にどのように利用されているのかが、この記事を読むとよく分かります。

第2部 多様な発信と場の広がり

第2部は、「多様な発信と場の広がり」と称し、19本の事例報告を通して、劇場、地域、ワークショップなど多種多様な伝統芸能の場について実践の様子が述べられています。

最初の記事は、能楽師の友枝氏と囃子方の成田氏、渋谷セルリアンタワー能楽堂の宇田氏による対談「『渋谷能』の制作-『渋谷能』の講座より」です。各流儀の能楽師が協力して上演される、7日で1セットの公演「渋谷能」は、渋谷で毎日能が見られる状態にしたいという希望から生まれたそうです。

新しい場所で新たな観客を集めるためにさまざまな取り組みが行われたことが分かります。また、「最終的には真髄を見せないと、お客様は絶対に食らい付いてこない」という言葉や、斬新なチラシを作成したことに関連して「私たちの業界も、そんなにかたくなではありません」と語る言葉が印象的です。

もう一つ、紀尾井ホールの町田氏による「伝統を踏まえた邦楽公演の新しい見せ方」をご紹介しましょう。邦楽公演を積極的に実施してきた紀尾井ホールの公演内容、コンセプトをまとめています。これだけ体系的・網羅的に公演を実施することは容易ではありませんが、これからのホール運営の指標として大いに参考になるものと思います。

さらに、第2部の終わりにあります、渕上氏の「海外における日本音楽-ブラジルに見られる尺八の国際化について」という記事をご紹介しましょう。

日本の伝統楽器の中でも尺八は海外の愛好家が多い楽器です。歌詞がないので言葉の壁が低いこと、禅宗で使われていた楽器なので精神性に興味を持たれることも、普及の理由になるでしょう。

本記事では、ブラジルの日系社会と非日系社会の尺八についてその歴史や人気の背景を分析しています。日系社会では合奏楽器として愛好され、非日系社会ではスピリチュアルな面に関心が高いことなど、同じ楽器、同じ国でも受け取られ方が違っており、日本の楽器の国際化について多面的に考える視点が提起されています。

第3部 コーディネーターの役割、ネットワークの構築

第3部は5記事から成り、コーディネーターや枠組みづくりの側から今後のマネジメントのあり方について論じられています。5編を通して、伝統の継承にはコーディネーターの存在が大きいことが実感させられるのですが、ここでは、最後の記事「日本とアジアの芸能ネットワークづくり―オンライン芸能村」をご紹介しましょう。

オンライン芸能村とは、研究の一環として、伝統芸能の担い手、企画者、研究者などのネットワークの場となるものとして設けられました。保存会や芸能大会だけでなく、現代の社会状況に合った形で企画が可能になるよう、「つなぎ手」を見つける仕組みと言えそうです。オンラインでの楽器の講習会、体験講座、勉強会などを開催した報告が述べられています。
例えば、日本語教室の留学生がオンラインで他県の郷土芸能を学ぶという企画もあり、コーディネーターの「つなぎ方」によって思いがけない出会いが生まれました。

まとめ

一つ一つは小さな活動でも、積み重なることにより、多くの人々が多様な音楽を理解し、楽しむ機会が広がっていきます。本書を読むと、ほとんどが知らない分野なので、どのページにも感心することばかりなのですが、本書に書かれた事例を今後、一つでも二つでも自分自身が体験することができたら、自分の世界が広がるだろうと思います。継続されている活動も多いので、読者の方々もぜひ、本書をきっかけに伝統芸能につながってみてはいかがでしょうか。

本書は紙媒体だけでなくインターネットでも読むことができます。

アートマネジメントハンドブック

こちらは「日本とアジアの伝統音楽・芸能のためのアートマネジメント人材育成プラットフォーム」の中のハンドブックのページとなっており、各記事名をクリックするとその記事を読むことができます。

邦楽やアジアの芸能の公演に関わる方々にも役立つ内容だと思いますし、そうでない人でも、目次を眺めて、ぜひ興味のあるページを見つけてみてください。世界を広げるきっかけになると思います。

この記事を書いた人
福まる

大学で日本音楽史と民族音楽学の非常勤講師をしています。最近、地元の資料館で古文書整理員を始めました。お箏と地歌三味線を少し弾きます。記事を書いて、邦楽の世界をもっとオープンにするお手伝いをしたいと思っています。

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