近世の和楽器で表現する源氏物語の世界 − 宮城道雄のラジオ番組

箏曲と朗読 源氏物語おすすめ紹介

昭和を代表する箏曲家宮城道雄が作曲・構成した源氏物語の朗読CDをご紹介します。昭和27年から昭和28年にかけてラジオで放送され、平成14年にCD化されました。源氏物語の世界を箏と朗読で表現した珠玉の作品となっています。
新しいCDではありませんが、源氏物語がお好きな方におすすめしたい作品です。

ラジオ番組「箏曲と朗読・源氏物語」

源氏物語は平安貴族の光源氏の数々の恋愛を描いた、紫式部による長編物語です。ラジオ放送では、主要な場面を抜粋して放送されました。概要は以下の通りです。

ラジオ番組「箏曲と朗読・源氏物語」全26回
1952年3月31日~1953年1月2日 (2期各13回)
(財)日本文化放送協会 (現(株)文化放送)
谷崎潤一郎: 現代語訳『潤一郎新訳 源氏物語』(1951~54年、中央公論社刊)より抜粋
山本安英: 朗読
音楽: 宮城道雄

文化放送は1952年3月31日に開局し、このラジオ番組は開局記念として制作されました。

宮城道雄は時代の先端を行く新様式の箏曲の作曲家であるとともに演奏技巧には定評があり、当時、山本安英は木下順二の《夕鶴》の主役を務めていました。売れっ子の箏曲家と女優の組み合わせに加え、谷崎の新訳も前年に出版が始まったばかり。この番組企画には戦後の放送界のエネルギーが感じられます。

CDの収録内容

箏曲と朗読 源氏物語

CDは、日本音声保存(ANY)より2002年に発売されました。

CDには全26回の放送すべてが収録されています。

巻1 桐壺の巻 その一/桐壺の巻 その二
巻2 桐壺の巻 その三/帚木の巻
巻3 夕顔の巻 その一/夕顔の巻 その二
巻4 若紫の巻 その一/若紫の巻 その二
巻5 若紫の巻 その三/若紫の巻 その四
巻6 紅葉賀の巻 その一/紅葉賀の巻 その二
巻7 花宴の巻/葵の巻 その一
巻8 葵の巻 その二/葵の巻 その三
巻9 賢木の巻 その一/賢木の巻 その二/賢木の巻 その三
巻10 須磨の巻 その一/須磨の巻 その二
巻11 明石の巻 その一/明石の巻 その二/明石の巻 その三
巻12 明石の巻 その四/初音の巻/「源氏物語」への前奏曲

巻12の《「源氏物語」への前奏曲》は、毎回のオープニング曲として放送されました。このオープニング曲は録音で放送されましたが、本編は毎回、生放送であったようです。

山本安英との稽古が1回と本放送が1回というスケジュールで、月2回から3回の放送をこなしていたことになります。宮城道雄は放送開始時に57歳。頑強な体ではなかったようですから、体力的にも厳しかったのではないかと思われます。

近世の楽器で表現する源氏物語の世界

源氏物語が成立した平安時代には、今日知られるような複雑な技巧の箏曲は登場していませんでした。貴族社会では雅楽が楽しまれており、箏は雅楽の合奏楽器の一つでした。貴族は、箏だけでなく琵琶や笛、琴(七弦琴)なども演奏していましたので、物語にもそのような楽器が登場します。

宮城道雄の音楽には、箏を中心としながら、胡弓、篠笛、十七弦箏などの和楽器も使用されています。宮城が全編を箏で演奏し、部分的に助演者が他の楽器を加えました。

宮城道雄の箏は音数の多い華やかなものになっています。もちろん平安時代にはこのような箏曲はまだなかったわけですが、気品のある箏の響きは、平安朝の貴族の人間模様を生き生きと浮かび上がらせてくれます。

おすすめの一枚 − 明石の巻 その二

源氏物語の中に音楽や舞を楽しむ描写は何カ所もありますが、このラジオ番組はあらすじで重要な場面を抜粋して作成されており、特に楽器の場面を多く選んでいるわけではなさそうです。その中で音楽の観点から注目したいのが、「明石の巻 その二」です。

箏曲と朗読 源氏物語 明石の巻

この場面では、光源氏は須磨で寂しい生活をしていましたが、明石入道が、源氏の奏でる琴の音に引かれ、源氏を訪ねます。源氏は箏、明石入道は琵琶を弾きますが、音楽を通して親しくなったところで、明石入道は娘の明石の上が箏の名手であると紹介し、源氏は興味を引き立てられます。これをきっかけに源氏は明石の上と出会い、結婚します。

宮城道雄は、主に箏を使ってこの場面を描写していますが、源氏が琴を弾く場面では余韻を効かせた低音を用い、琵琶の部分では琵琶のアルペジオ風の音型を弾き、箏の部分では組歌風の古典的な音型を弾いています。時代考証という点ではその通りというわけではありませんが、近世の和楽器を使って平安時代の楽器の特徴が感じ取れるように作曲されており、平安貴族たちの音楽文化に思いを馳せることができます。

まとめ

20年ほど前に発売されたCDですが、現在でも購入可能で、図書館などで視聴することもできます。全編を通して美しい箏の音楽がBGMとなっており、宮城道雄の繊細な箏の演奏を背景に聞く朗読は、文字で読むのとはひと味違う体験になるでしょう。源氏物語を朗読と箏曲で表現した作品を多くの方に聞いていただきたいと思います。

この記事を書いた人
福まる

大学で日本音楽史と民族音楽学の非常勤講師をしています。最近、地元の資料館で古文書整理員を始めました。お箏と地歌三味線を少し弾きます。記事を書いて、邦楽の世界をもっとオープンにするお手伝いをしたいと思っています。

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