10月8日は語呂合わせで尺八の記念日だそうです。今年は10月8日にオンラインで一斉に演奏するイベントもあるとか。盛り上がっている様子ですので、私は、そもそも尺八とは?という問いを立ててみました。
尺八とは
尺八とは、一般的には、江戸時代に発展した普化尺八を指します。しかし、歴史的には、奈良時代の古代尺八(雅楽尺八、正倉院尺八)、江戸時代初期の一節切(ひとよぎり)、鹿児島の天吹(てんぷく)、明治以降の多孔尺八があります。近年では、フルートのようなオークラウロも尺八の仲間に入れて良いかもしれません。ずいぶんたくさんの種類がありますね。
ここでは、一番普及している普化尺八を取り上げましょう。
普化尺八の歴史と特徴
普化尺八とは、江戸時代に普化宗の虚無僧が吹いた尺八で、虚無僧尺八とも呼ばれます。
楽器が鎌倉時代に改めて中国から伝わったのではないかという外来説がありますが、そうではなく、奈良時代から伝わる尺八の変形だろうという説が定着しています。
楽器は、真竹から作られます。真竹とは、まっすぐに細く伸びる竹で、竹林としてよく見かけます。普段、私たちがよく食しているのは太い孟宗竹ですが、それに比べると細くまっすぐなのが特色です。
尺八の製作では、初期は竹のまっすぐの部分を使用していたものの、時代が下ると根元に近い少し曲がった部分を使用するようになりました。そのため、当初は竹の上の部分で節3つ分を切り出していましたが、現在は、根元から節7つ分を切り出しています。
皆さんは、下の写真で節の数はいくつ見えますか?
写真の尺八は、右側が吹き口、左側が管尻ですが、指孔の上下と中央に輪が3つあり下部に輪が密集して2つ見えますね。吹き口で1つ、管尻で1つと数えると、全部で7節になります。
尺八のおもな流派
尺八の流派は、江戸時代以来の昔ながらの独奏を守る流派、地歌・箏曲との合奏を盛んにする流派、西洋音楽の影響を受けた新曲を大切にしている流派など、成立した時期によって特色があります。代表的な流派を挙げてみましょう。
琴古流(きんこりゅう)
初世黒沢琴古(1710-1771)が各地で収集した楽曲とその編曲、加えて3世黒沢琴古(1772-1816)までに制定された36曲を琴古流本曲として中心的なレパートリーとしています。初世黒沢琴古は、筑前の出身で、一月寺(いちげつじ)と鈴法寺(れいほうじ)で尺八の指南役として活動し、各地に伝わる尺八曲を収集しました。
都山流(とざんりゅう)
初代中尾都山(1876-1956)は、1896(明治29)年に大阪で都山流を創始しました。初代中尾都山は自ら作曲した作品を都山流本曲として中心的なレパートリーとしました。古典本曲の自由なリズム形式を受け継ぎながら、西洋音楽の影響を受けた明確なリズムや二部や三部合奏などの形式でも作曲しました。
上田流(うえだりゅう)
上田芳憧(1892-1974)は、都山流から分かれて1917(大正6)年に大阪で上田流を創始しました。本曲の音楽様式や記譜法は都山流と共通点があります。
竹保流(ちくほりゅう)
初世酒井竹保(1892-1984)が1917(大正6)年に大阪で竹保流を創始しました。幕末に近藤宗悦(1821-1867)が始めた関西宗悦流の流れを汲んでおり、独特のフホウ記譜法を用います。
明暗流(みょうあんりゅう)
明暗流とは、京都の明暗寺を拠点に活動してきた尺八流儀の総称です。幕末には明暗真法流があり、のちに明暗対山流が主流となりましたが、少数の流派も現存するため、「明暗流」あるいは「明暗」と総称するのが適切です。古式を守り、三味線や箏との合奏はしないことが一つの特徴です。
尺八の楽曲
尺八の楽曲は流派によって異なりますが、共通しているのは、曲の分け方です。流派独自の楽曲を「本曲(ほんきょく)」、他のジャンルとの合奏曲を「外曲(がいきょく)」としています。
江戸時代の虚無僧によって吹き伝えられた楽曲は「古典本曲」、近代以降に作曲された本曲は「近代本曲・現代本曲」と呼ばれています。
古典本曲で有名なのは、《鶴の巣籠》や《鹿の遠音》です。
近代本曲は、都山流や上田流の本曲で、《岩清水》(都山流)、《五月雨》(上田流)などがあります。
こちらに《鹿の遠音》の動画を載せました。普通は二人で演奏しますが、この動画はソロ演奏になっています。でも、尺八の世界は堪能できると思いますよ。
尺八の仕組み
尺八はリードなし(エアリード)で指孔5孔の竹製の縦笛です。長さは日本の曲尺(かねじゃく)の1尺8寸で約54.5センチメートルです。
吹き口
吹き口はリードなしですので、斜めにカットしただけのきわめてシンプルな構造です。そのため、音が出せるかどうかは奏者の腕しだいということになります。
リコーダーやホイッスルのように息の通り道が設定されているわけでもないので、ひたすら奏者が自分で音が出る感覚をつかんでいくしかありません。
しかしながら、シンプルゆえに、奏者の工夫で音高と音色の変化が可能になります。あごを下げる「メリ」によって音高が下がり、あごを上げる「カリ」によって音高が上がります。息を強く吹き込む、巻き舌をしながら吹く、などの奏法もあります。
指孔(ゆびあな)
もう一つ、5孔というのも、笛にしては指孔の数が少ないです。日本の伝統音楽は5音音階なのでそれで良かったのかもしれませんが、現代曲は7音音階が主流なので、間の音高も使えると便利です。
尺八の指孔は少ない分、一つ一つの指孔が大きいです。指孔が大きいため、指孔全体を押さえる、半分押さえる、指をかざす、など押さえる度合いを調節することにより、音高を微妙に変えることが可能です。
以上のように、尺八は、吹き口のシンプルさと指孔が少なく大きい、という特徴から、正しい音程で演奏するのが難しいとも言われますが、その分、奏者の技量の上達によってより豊かな音色で演奏することができるようになるのです。
管長(かんちょう)
標準的な尺八の長さは一尺八寸(約54.5センチメートル)です。ところが、篠笛と同様に、さまざまな長さの尺八があります。管長が変わることによって基本となる音の高さが変わりますので、長い尺八で低音を演奏したり、一尺八寸管よりも全体に1音高い尺八を使って合奏の音の高さに合わせる、ということも行われます。
ちなみに、1音高い尺八は一尺六寸管(約48.5センチメートル)です。一方、長い尺八では、2尺を超える尺八が低音楽器として使われます。中には三尺三寸の尺八もあります。ただ、三尺三寸になると約103センチメートルで、1メートルを超える長大な楽器になります。指孔は5つで変わりませんが、間隔が広くなるので、大柄な人向きかもしれませんね。
尺八の近代化:地なし尺八と地塗り尺八
このようにシンプルな構造の尺八ですが、昔から変化していないわけではありません。管の内部の違いで、「地なし尺八(じなし)」と「地塗り尺八(じぬり)」があります。
地なし尺八とは、江戸時代に使われていた尺八で、竹の内側の節をきれいに取り除いていない楽器です。つまり、内部がきれいに整えられていないため、音程が安定しないという問題点がありますが、素材そのものの音色がするという利点もあります。
一方、地塗り尺八とは、内部をきれいに整形し、漆に砥の粉を混ぜた「地」を塗って内部を平らにした楽器です。管尻や指孔を見ると、地が塗ってあるかどうかが分かります。現代の尺八は基本的に地塗り尺八になっています。この尺八は、音程が安定し、音色も均一に出やすいというメリットがあります。
近代から現代にかけて、安定した音を求めて、地塗り尺八が普及しました。しかし、21世紀に入り、地なし尺八が見直されるようになり、近年では地なし尺八で演奏する専門家もいらっしゃいます。
いったん進化し、再び江戸の音色に回帰しているとも言えるでしょう。
改良楽器:多孔尺八とオークラウロ
尺八は一見して昔から変化がないように見えますが、地塗り尺八のような外から見えない変化がありました。そして、それだけでなく、見た目で分かる改良も行われてきました。
その見た目で分かる改良の一つが、多孔尺八です。5つの大きな指孔の脇に、小さな指孔を開け、補助的に用います。指孔が大きく、操作が難しいという難点を克服し、半音を出しやすくしています。そのため、江戸時代には5音音階だったものが西洋音楽の影響を受けて7音音階で演奏する必要性が高まった際に、この多孔尺八は重宝されました。現代でも演奏者がいらっしゃいます。
もう一つ、オークラウロという楽器も作られました。これは、一見して、縦型のフルートのように見えます。尺八の吹き口はそのままに、フルートのベーム式キーを取り付けた、という大胆な改良楽器です。戦前に作られ、一時期広まりましたが、戦争の激化とともに忘れられ、戦後は博物館で見る楽器になっていました。しかし、21世紀に入って復興し、演奏機会が増えています。
まとめ
以上、尺八について、簡単ではありますが、要点をまとめてみました。
現在、尺八は和楽器の中では、世界で一番親しまれている楽器かもしれません。シンプルな構造と禅宗に関わる歴史が尺八の魅力を豊かにし、日本だけでなく世界中に愛好者を有しているのだと思います。
長い歴史を持っていて、楽器の変化もあり流派の分派もあります。現在も日本の内外に多くの愛好者がいて、尺八の歴史や流派についてさまざまな考え方があるでしょう。今回、記事を作成するにあたって、膨大な尺八の世界を独自にまとめるには荷が重く、下記の著作を参照しました。
『日本音楽基本用語辞典』2007年、音楽之友社。
世界に誇る、たぐいまれな管楽器、尺八をこれからも盛り立てていきたいです。